怨霊となった伽椰子の力

殺されて、自身を殺した剛雄と俊雄も共に自分と同じように悪霊化させた時点で伽椰子の呪いはそこで終了するはずだった。しかし彼女の呪いはそこで終わること無く、空き家となった佐伯家へと引っ越してくる人々を呪い殺していきます。不審死が続く中で調べる警察官も例外ではなかった、また家に住んでいない人間であろうとドンドン呪い殺していってしまいます。日常に潜む僅かな狂気により殺されてしまった伽椰子の怨念はそれだけでは晴らされることはなかった。

作品を通して一律にタイトルになっている『呪怨』というものの意味をどう定義づけているのか、それはビデオオリジナル版の冒頭部分で紹介されている。

強い恨みを抱いて死んだものの呪い、それは死んだものが生前に接した場所に蓄積されていき、『業』となる。その呪いに触れたものは命を失い、やがて新たな呪いが生まれる

この一文が何を意味しているかは分かるだろう。そう、伽椰子自身が全ての起点となった佐伯家でただ引っ越してきた人々、もしくは訪ねてきた人を呪い殺していくだけで連鎖していくのだ。そのため本来家へ訪れたことのない人間であっても、訪れたことのある関係者であるというだけで殺されていってしまいます。

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貞子との違いは

こういう部分はリングの貞子の呪いと違っているのが分かる。貞子の場合、呪いのビデオを見たもの、あるいはダビングをして見せられたものが死を迎えてしまう。例えビデオを見た関係者であったとしても、呪いの影響はほぼ受けないと考えられる。霊感が強いなどの体質を持っていれば何かしら影響を受けるかもしれないが、基本的に受動的な呪いと言える。

一方で伽椰子の場合は苛烈な能動的な呪いとなっている。自宅に訪れていれば問答無用で呪い殺していき、呪われた人間と関わりのあった人も呪いを間接的に感染させられてしまい、全く縁のない場所で殺害されてしまう。その連鎖は事実上止める術はなく、世界がいつか崩壊してしまうだろうと言えるレベルの災害めいたものであるのが見て取れるはずだ。

伽椰子が遺した呪いとはそういうものなのです。生前に縁のある場所に蓄積されていく呪いは剛雄や俊雄、そして飼猫にまで影響を及ぼして自分の手中に収めていく。彼女に直接呪われた人間はそのまま彼女の配下にさせられてしまい、新たな呪いを生み出す役割も担っている。

死して手に入れた能力

伽椰子は貞子と違って生前は何か超能力を持っているという描写はされていませんでした。ですが怨霊となった後には他人になりすまし、電話番号を利用して登場し、テレビの映像に介入して自身の存在を投射するなど、様々な能力を有するようになる。ここまでの描写であれば悪霊だからそれくらい出来て当然だろうというのも理解できる。ですが同時に疑問を1つ出すことにもなった。

それは只の人間で、しかも家に訪れたことのない人までどうして殺すほどの呪いを生み出したのかだ。これは見ていた人なら誰もが思ったことでしょう、リングの場合は興味本位で見た人間が辿った末路が死で、その噂は都市伝説となって伝播していきます。ですが実在するかどうかわからないため、かなりあやふやだ。ですが伽椰子の呪いは自身を殺した剛雄、愛している俊雄の2人も道連れにした時点で彼女の呪いは完結しているのではないかという点が指摘する人もいます。実はここに没となった設定が1つ存在していたのです。

イタコだった母親

伽椰子の母はイタコで、悪霊を払い落とす仕事をしていたという設定案があったのです。その母親が除霊をした相手から取った血をなんと幼い子供の伽椰子に飲ませるという行動を繰り返していたのだ。悪霊の怨念が宿った血をひたすら飲まされ続けたため、伽椰子は潜在的に悪魔となってしまい、いつかこの苦しみを他人にも味あわせてやりたいという念が形となり、死後の怨霊となった際にその能力が強大になるまで膨れ上がってしまったのです。

この設定は日本版には影響を及ぼしていませんが、海外で公開されたハリウッド映画には採用されることになる。ただ原作を担当した清水崇監督としては、この設定では日常的な恐怖が消えてしまうとして毛嫌いしていたという。

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始まりが終わりへと

こうして伽椰子の呪いは完成された。アメリカ版で用いられたイタコ設定はないものの、それでも日本版にて公開された映画の内容での恐怖もインパクト感が計り知れない。リングも確かに怖い、しかし伽椰子は無差別殺人のようにあらゆる人間たちを見境なく殺していきます。老若男女関係なく、伽椰子の怨念は呪怨となって連鎖していき、1人また1人と次々にその手で殺めていった。